日本産宝石サンゴ類の資源保護を目的とした移植放流手法の検討
中地シュウ・目崎拓真・戸篠祥・林徹(黒潮生物研)
「海の宝石」として知られる宝石サンゴ類は黒潮流域の水深約100~300mに生息し、沖縄、高知、和歌山、小笠原などで漁獲される。なかでも高知県沖は品質の高い宝石サンゴを産する世界的な漁場として知られており、珊瑚網と呼ばれる伝統的な漁具・漁法による採取が今も行われている。近年、海外市場での需要の高まりとともに宝石サンゴ類の価格は高騰しており、国内での取引量は増加傾向にある。このため、過度の採取による資源減少が懸念されており、漁獲制限を主とした資源管理が進められている。しかし、資源の持続的利用を行うには漁獲制限に加えて、人工増殖等により積極的に資源の保護増殖を図る必要があると指摘がある(岩崎・鈴木 2008)。宝石サンゴ類の人工増殖にあたっては人為的に群体を断片化し、それを海域に移植放流して成長させるという、いわゆる「移植」が有効だと考えられる。日本産の宝石サンゴ類の移植については1900年代に試験的に行われているが(長棟、1918:久野、1922)、技術の確立には至っておらず、国内では資源の保全活動として宝石サンゴ類の移植が行われた事例はこれまでなかった。 高知県の宿毛湾地域では2015年から漁業者・業界関係者等による日本産宝石サンゴ類の資源保護に向けた活動が行われている。その一環として黒潮生物研究所が土佐清水沖で採取された天然群体をドナーとして用いたアカサンゴの移植放流手法(ドナー群体の飼育法,移植片作製法,人工基質を用いた海域への放流手法)の検討と開発を進めている。これにより表層海水を導入した水槽システムにより、ドナー群体を移植放流までの期間(1ヶ月~1年程度)飼育することが可能であること、漁獲された天然群体の比較的価値の低い枝先部分を利用して移植片の作製が可能であること、小型コンクリート漁礁を基質として用いることで、比較的低コスト・低労力で移植放流が行えることなどがわかった。これらの一連の手法の有効性を検証するため、漁業者が行う保全活動に合わせて移植放流試験を実施している。高知県西部の禁漁区域(水深約105m)において2016年1月にアカサンゴ移植片5群体を移植放流し、その約6ヶ月後に引き上げて観察した結果、放流移植片のすべてが生存し、その多くで軟組織の成長が認められることを確認した。この結果から、無性生殖による移植放流によってアカサンゴを増殖させることは技術的に可能であると考えられた。今後研究が進むことで手法が確立し、移植放流活動が継続的に実施されるようになれば、効率的に資源を増やすことに繋がる可能性がある。また、禁漁区域への移植放流により、地域個体群の消失や資源の枯渇を防ぎ、また移植群体が成長し、再生産することにより、周辺漁場の資源増加につながることが期待される。(本研究は宝石珊瑚保護育成協議会、日本珊瑚商工協同組合の支援、およびすくも湾漁業協同組合等の協力を受けて行った)